・ラオスに残る不発弾

 ラオス北部のシェンクワン県。有名なジャール平原への観光の拠点になる町である。
今日は不発弾についてだ。
爆弾跡
↑首都ビエンチャンから、ラオス航空のATR−72に乗り、シェンクワン空港に向かう。
高度が下がってくると、平原のそこら中にクレーターのようなものが多数見える。
インドシナ戦争(ベトナム戦争)時にアメリカ軍などが投下した爆弾の跡だ。
 その総量は、約300万トン近くもある。北ベトナムへ落とされた爆弾の総量の2、3倍もあるのだ。
不発弾と言えば、カンボジアの地雷が有名だが、それに匹敵する大量の不発弾が
今なお山中に眠っているここ北部ラオスのことは、あまり知られていない。
実は、ラオスは世界で最も多くの爆弾が投下された国なのだ。
 ここに投下された爆弾は、あのクラスター爆弾だ。
アフガンやイラクなどでの、クラスター爆弾の不発弾問題は有名だが、
米国が初めて実戦で使用したのが、ここラオスなのをご存じか?
シェンクアンの平原
↑そのクレーター状の穴は、大きさの大小はあるが、実際に人と比較してみると、
よくわかると思う。
 インドシナ戦争以来25年以上も経った今も、不発弾により年間100人ぐらいの
死傷者がある。
100人というのは統計上の数字なので、実際はもっと多くの人々が被害に遭っている。
体が不自由になった人も多い。
爆弾は、通称ボール爆弾、地元では「ボンビー」と呼ばれている。
 不発弾の処理には、多くの国やNGOなども協力し、撤去や援助にあたっているが、
まだまだ多く残っている。
↑これは、ジャール平原にあった看板。ラオ語と英語で書かれている。
未撤去の不発弾が多くある警告だ。道を大きく外れると危ない。
カンボジアの「DANGER MIANES」(地雷危険)と同じようなマークだ。
ボール爆弾
↑ クラスター爆弾だ。
いろいろなサイズがあるが、私が泊まったゲストハウスに置いてあったもの。
これは、小さめである。私の身長は170cmである。
爆撃機からこれが投下されるのだ。この薬莢の中には野球のボールぐらいの
小爆弾が詰まっている。
さらに小爆弾の中にはパチンコ玉ぐらいの鉄球が無数に入っている。
これが地上で爆発して飛び散るのだ。
ボール爆弾
↑ この小爆弾が、不発弾となり、人々を苦しめ続けてきたのだ。
コングケオ・ゲストハウス&バンガロー

↑ ゲストハウスの食堂兼ロビーだ。暖をとるために薪をくべるのに利用している。
人々は、その悲劇をもたらした爆弾の薬莢をうまく利用して生活しているのだ。

 外国人へ少しでも知ってもらおうと、啓発ビデオがあり、テレビで流されていた。

ボール爆弾の塀

↑ ボール爆弾が、民家の塀として利用されている。
そばには、山と積まれていた。手前にいるのは、飼っているブタ。

ボール爆弾が土台の家

↑ このように、家の土台にもなっている。うまく工夫して使っているのだ。
ボール爆弾の鉢
↑ これは、ネギらしきものを植えている。プランターとして利用されているのも見た。
シェンクアンの田舎の家
↑ 家の軒先にも、爆弾がふつうに置かれている。
上に乗っている子は、これがその昔、人々に悲劇をもたらしたものだとは
知る由もないだろう。その悲劇は,今も続いているのだが…
 また、薬莢を利用するだけではなく、鉄屑としてベトナムなどへ売っている人もいる。
人々は、逞しく生きているのだ。
 ここでは、まだ “戦争” は終わっていないのである。
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■ 2008年5月30日 クラス・・・

2008年5月30日 クラスター爆弾事実上の全面禁止となりました。

アイルランドの首都ダブリンにて約110カ国が禁止条約に賛成。(大量のクラスター爆弾保有国、アメリカ、中国は参加せず)

「非人道兵器」「悪魔の兵器」とも呼ばれ非難されているクラスター爆弾。
不発弾とわからず子どもが触るなどして、一般市民が不発弾の犠牲になるケースが後を絶たない。

日本もクラスター爆弾保有国であり、反対の姿勢をとっていましたが、福田首相の強い意向で一転、禁止条約に同意。
クラスター爆弾は、細長く海岸の多い日本を防衛するのに力を発するとのことでしたが、不発弾の犠牲になるのもまた日本。

人殺しの道具で人を守ることなんてできないってことですね。
地球まる | 2008-05-31 00:03 |
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