・山羊革「シャンティニケタン」

□インドの山羊革工芸は日本から! 文:磯野 晶子さん Asante・Sana 2006春号より引用

インドの独立に向けて激動の時代を生きたダゴールは、平和を願い、農村の開発にも力を注ぎました。
ダゴールが日本で出会った革工芸を自国に持ち帰り、農閑期の手仕事として広めましたのが「シャンティニケタン(山羊革工芸)」の始まりです。

少し話がそれてしまいますが、ダゴールが来日した際、早稲田大学 創設者 大隅重信を訪ね2時間にわたり会談したそうです。また彼は日本の写真館に彼の写真を残しているんですよ。
なんだか、フェアトレードの山羊革シリーズをすごく近くに感じてしまいました。

[ダゴール]
19世紀から20世紀にかけて活躍したインドの詩人
ノーベル平和賞受賞

□「平和郷」で生まれた手仕事

「シャンティニケタン」とは、もともとサンスクリット語で「平和郷」を意味する言葉です。
今から100年ほど前、その地で始められた山羊革工芸を「シャンティニケタン」と呼ぶようになりました。
現代では、バングラディッシュからの難民が多い西ベンガル地方でのかけがいのない仕事。
今なお、平和を願う人々によって受け継がれています。

□みんなに優しい方法で作る「シャンティニケタン(山羊革工芸)」

動物の皮は、「なめし」という加工を経て、「革」になります。
「シャンティニケタン」に使われる山羊革は、動物性のタンニンでなめされます。重金属を含むクロムなめしに比べて手間も時間もかかりますが、作る人へも地球へもやさしい方法を選んでいます。

□手間と時間と根気が必要

金属版を押し当てると、山羊革の表面にデザインが浮かび上がります。その上に、丸めた小さな布を筆代わりに使い、手で色を塗ります。
細かい部分をきれいに仕上げるのはとても根気の要る作業です。

□あめ色の輝き


色を塗り終わった後は、重たいローラで革に圧力をかけます。こうすることで、革が持つ天然の油分により光沢が生まれます。
使い込むほどに革はやわらかく手に馴染み、あめ色の輝きを増していきます。

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・オーガニックコーヒーが出来るまで

□オーガニックコーヒーが私たちに届くまで

1999年から3年間、「第3世界ショップ」と共同プロジェクトを行った、ペルーの
「コチャ
パンパ」共同組合を例に、コーヒーが私たちに届くまでの過程を紹介します。

<1>
有機栽培の圃場は、コーヒーの木の幹が太く、葉は鮮やかな緑色で厚く健康そのもの。
柔らかな下草、日陰を作る目的でマンゴーやバナナなどのシェードツリーが植えられています。
5月〜9月にかけて、心を込めて手入れされた圃場にコーヒーの赤い実がなります。

<2>
コーヒーの実は収穫後、その日の内に水槽に集められ、皮剥ぎ機で果肉をとります。
皮剥ぎ機で実と果肉は分別されますが、機械の下にふるいを置いてさらに余分な果肉が
混じらないようにします。

<3>
果肉を取った実を一晩おいて軽く発酵させます。
翌日足で踏んだり手で揉んだりしてぬめりを取ります。
水でぬめりを洗い流し、洗浄した実を水槽に併設した3層の水路に流します。
この工程で実は重さ順に分けられ、重い程品質が良いとされます。

<4>
各水路の実をザルですくって、コンクリート製のテラスに広げ、乾かします。
夜は一旦豆を倉庫にしまい、毎朝広げる作業をくり返し、5〜7日かけて乾燥させます。
十分乾燥したコーヒーは、トラックで2時間程の最終工程を行う工場に運ばれます。

<5>
運ばれた豆は薄皮を剥がれ、うす緑色の生豆になります。
2階段の工程で重さによって選別され、コンピューターの最終チェックを経て輸出用の生豆として袋詰めされます。
その後、約1ヶ月かけてはるばる日本まで船で運ばれ、日本国内でローストされ、消費者の元へ届きます。

オーガニックコーヒーは、安心してお飲みいただけますよ。
手間暇かけた本格派コーヒーをお試しください。

・スパイスにまつわるお話

□スパイス〜香りに魅了されてきた人々〜


 古来より人類に親しまれ、世界の人々を魅了してきたスパイス。
古代エジプトでは防腐・防虫剤としてミイラ作りに、また、各地の寺院や教会では焚いて空気を清めるなど、様々な用途で使われてきました。

 熱帯アジアが主産地のシナモン、カルダモン、クローブ、ナツメグなどのスパイスは、アラビアの商人たちによって、約2年もかけてシルクロードを通り、アラビアや西洋へと運ばれました。
肉類が料理の中心だった西洋では、強い香りを持つスパイスは欠かせないものとなり、時に金銀にも匹敵するほどに。
やがて、スパイスを求めて東への航路を探る、大航海時代が幕を開けます。
それはまた、「香辛諸国」の支配権をめぐる「スパイス戦争」の始まりとなり、世界中で様々な食材が交差していったのです。

 今では世界中に深く根付いているスパイスは、地域色豊かな各地の食文化を彩っています。
意識しないところでも、私たちの暮らしになくてはならないものとなりました。

 遥か昔、その高貴な香りと高揚に初めて触れた人々の驚きはどれほどだったでしょう。
夢を追いかけて、命がけの旅へと駆り立てられた多くの人たちに思いを馳せると、今の私たちの暮らしが、いかに多くの名もない人々の挑戦の恩恵にあずかっているかと感じずにはいられないのです。

文:三浦 明子さん
第3世界ショップ「夢カタログ Vol.19」より引用

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・タイ少数民族アカ族

▽タイ少数民族アカ族の暮らし


タイ北部、メーサイという街の近くに、少数民族刺繍シリーズの生産パートナー・ホーリーの拠点があります。朝と夜は自然の静けさがあたりを包み、大きな木々が子供たちの成長や日常を見守ってます。

ホーリーでは、近くの小学校へ通う子供たちが約70名、小学校卒業以上のお姉さん組70名が寮生活をしており、この子供たちはみな、少数民族・アカ族です。
ふだん暮らしている山の村から、街中の学校に通うことが困難な子供たちを、ホーリーが運営する寮で預かっています。

「20年位前はアカ族の村には電気も何もなかった。綿を育て糸操りをする人や家の縁側のようなところに座って刺繍をしている女性の姿があちこちで見られた。本当にシンプルで平素な様子だった。」と、ホーリーの代表ペンサさん。
今では、アカ族伝統の高床式の家の中には電気もテレビも、外には水道もあるそう。
以前は子供を学校に行かせたがらなかった人が多かったそうですが、今は教育の重要性を理解するようになったとか。そのため、ホーリーの寮に入りたい子供も増えてきたのだそうです。
若い人たちは技能を身につけて町へ出て働くというライフスタイルが多くなってきました。
しかし、教育をきちんと受けていなかったり、都会で暮らす人々に比べてうぶで世間知らずなことも多いようで、大都会バンコクへ働きに出て、だまされて帰ってくるようなケースも多々あるそうです。

タイ北部には、タイ・ミャンマー・ラオスの3国が川を挟んで国境を接する地域があり、昔から麻薬の密売が横行している地として知られています。アカ族の人たちも麻薬の原料となるケシを育て、密売に手を染めて家族が崩壊するケースもあるとか。
実際、ホーリーの寮で暮らす女の子の家庭の例として、兄が麻薬の密売に手を染め、自ら麻薬中毒になり現在服役中で、家族が崩壊してしまったケースがあったそう。

お届けするホーリーの製品は、学校教育を終えた後も寮に残っている19〜21歳の女性たちが中心に作っています。
建物の入り口あたりに座りながら、アカ族伝統の細い糸でのカラフルな刺繍を施す女性たち。
刺繍を施した布を先につくり、それを縫い合わせて製品を作っています。


タイ少数民族アカ族の製品はコチラ


たくさんの子供たちが、十分な教育を受けられますように。
親元で暮らせますように。「ちきゅまる」の願いです。

・スラムの貧しい女性たち

▽ミラー刺繍製品の生産者 セント・メリー(インド)


スラムの貧しい女性たちをサポートするために設立された「セント・メリー」
医療等の福祉サービスのほかに、ミラー刺繍製品の生産を通じた仕事づくりを行っています。
ワーカーは仕事量によりますが、常時300〜400名です。

2001年のインド西部地震に始まり、イスラム教徒とヒンズー教徒の衝突等による治安の悪化や、大規模な伝染病に見舞われるなど試練が続いています。

▽2007年1月に届いた便りには次のようにあったそう▽

ワーカーたちの痛みはまだ続いているので、私たちは鎮痛剤をあげています。
一度自体は沈静化したものの、冬の到来までまた関節や手・膝の痛みがぶり返しています。
でも、冬が過ぎればワーカーたちはもっと早く刺繍をすることができ、私たちが見積もった期日までに
商品を出荷できるようになると思います。
2007年に入りまして、気持ちを新たに、セントメリーのワーカーたちが、そして私たちの一部でもあります
パートナーのみなさんも同じように、希望に満ち幸せな日々を送られますように、祈っております。

このように現在でも100%回復とはいえない状況です。
困難に負けず必死に生きている彼女たちが望むことは、これからもフェアトレードを通じて、
仕事を続けることだそうです。
彼女たちを応援するすべは、私たちのお買いものです。

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・ノクシカタ刺繍

□バングラディシュ女性の手仕事

ノクシカタは、ベンガル地方の伝統的な刺しゅうです。もともとは着古されたサリー(女性用の一枚布でできた衣装)やルンギ(男性の筒状の布の衣装)を3〜4層に重ね合わせ、密な刺し子を施して冬用の布団やベッドカバーなどに再利用するために生まれた実用的な技術です。


特徴は様々な色でモチーフの刺しゅうを中央、四隅、縁の順で施していき、その後に布と同じ色の糸で空いた部分をびっしりと縫い込んでいく点にあります。ノクシカタのモチーフにはベンガル地方の女性を取り巻く世界が使われています。

現在でも家庭では母親たちが自分の家族のためにノクシカタを作っています。
その一方で、バングラデシュの独立(1971年)後に貧しい女性の収入向上のための仕事として、ノクシカタの商品作りがNGOによって始まりました。今ではバングラデシュのフェアトレードに欠かせないアイテムとなっています。


<モチーフ紹介>

生命の樹…アジアの広い地域で好まれるモチーフで、ノクシカタでは四隅から中央に向かって伸びるように表現されています。その幹は天と地を結び、あらゆる生命が寄り集う楽園を象徴すると言われます。同時に誕生、成長、死、再生という生命の循環や多産の能力も意味しています。


…舟が行きかうバングラデシュでは、舟は旅立ちを表し、愛する夫や息子の旅の無事への願いが込められています。


…バングラデシュでは河魚がよく食べられ、魚は身近なものです。また、多くの息子が産まれ育つことが望まれていたため、多産の象徴としても人気があります。

…様々な意味を持っているモチーフです。まず、生命の力、その生命の母体である女性の力を象徴していると言われます。また、アジアの中では仏や神の台座であることから極楽浄土の世界と結びつけても考えられます。

ノクシカタ刺繍シリーズはコチラ